明石市の自然派リラクゼーションサロン
「My Sanctuary」セラピストのFUMIKOです🪸
友人との会話で出た言葉について考えている。
「日本はアメリカに比べて社会制度はまだ整っているけれど
生きづらいよね。」
日本は
「住みやすいけど、生きづらい」
アメリカは
「生やすいけど、住みづらい」
この言葉の解像度を上げてみると
日本は社会制度のおかげで最低限生きていることはできるが、
何かモラルに反する発言や対応を受けたときに
集団の中で声を上げてくれる人が少ない。
比較してアメリカは
医療や雇用制度についてまだまだ保障はされてなく
経済的実力がない人は暮らしていくのすらままならないが
どんな立場の人も一人一人が声を上げる力を持っている。
教育でも違いがあるようで
アメリカでは
あなたの意見も素敵。
そして違った意見を持つ彼の意見も尊重しよう。
と教えられるが
日本では
みんなで意見を出し合った後に
なぜか意見をまとめようとすることが
多いように思う。
それが多数決という決め方が一般だと
大多数側にいるの方が正解。少数派は負け。のような
考えになってしまうのが当然な気もする。
大きいものに巻かれておくことが正解と思い、
自分が責められずに済むよう
自分の意思を見るよりも人の顔色を伺い空気を読むことに力を注ぐ。
また、属しているコミュニティの中の権力者を探し、
それがわかればあとは全てにYESで従い続ける。
そんな日本の独特な文化が「生きづらさ」を生んでいるのではないか。
まったく同じ人なんていないのだから
誰しもがマイノリティな立場なる可能性を持っている。
自分も他者もみんな違うけれど、
命の価値はみんな同じということを忘れてはないだろうか。
権力者だって人間だ。
礼儀を持って接するのはいいが、
間違っていると感じた時は自分はこう思うと意見を伝えることくらい
してもいいだろう。
無礼な扱いを受けたときは
相手が何人であろうと、どんな権力者であろうと怒っていいし
誰に何を言われても逃げてもいいし、
自分を大切にすることが何より大切なのだ。
日本、アメリカ、どちらがいいといった話ではない。
世界はその2カ国だけではなく
比較すれば福祉や医療、雇用に関しても制度が整っている国は
もっと多くあり、日本も改善すべき点があるとも思っている。
ぼんやりとした同調圧力という空気が人の意識を作りあげたのか
一人一人の意識がその空気を作っているのかはわからないが
制度やルールの力だけでは
「ありのままの自分を愛し思いやることを
誰もが安心してできる社会」という
My Sanctuaryが目指している方向へはいかないと
気づき、ハッとさせられた。
日本では心を病む人が多い。
その生きづらさについてもっと解いていき、
人に寄り添い、人を癒す力をつけていきたい。